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止めろなんて言えないんだから_初稿

 本当は、引きずってでも止めさせるのが友情(?)の証だったのかもしれない。でも学校を休むのとは訳が違うことは分かっていたし、出番は減らされたとは言え(ちょうど原作の漫画でもそういうシーンがあったとかで、展開を前倒しすると言う扱いになったとか)おろされたりはしなかったから、あのまま行かせて良かったと言うべきなんだろうか。
 肝心の本人は、やっぱり青白い顔で、安らかとは言い難いものの力の抜けた顔で眠っていた。
(ど、ど、ど、どうしよう……)
 唯の口添えのお陰で秘密を共有していることを証明されて、部屋に通されはしたものの、するべき事が見付からない。その上緊張しているのか心臓が早鐘の様に脈打ち、痛いくらいだ。ひどく呼吸もしづらい。
 と、微かに溜め息を洩らし彼が寝返りをうった。身じろぎしたせいで滑り落ちた前髪が途中で額に張り付き、先っぽが瞼に乗った。
 思いきって手を伸ばし、髪をかきわける。いつも羨ましいくらいさらさらしている髪は汗で濡れていて少し重みを持っていた。
(――ヘンなの……)
 指をはなしたくない、なんて。変だ、凄く変だ。
 でも。
 それ以上に眸が見たい。遮るものが何もない状態で、眸が見たい。そして、また。元気になって。笑ってくれたら。
「ん……」
 瞼が微かに震えた。慌てて手を引っ込めて彼女は少し後ろに下がる。開けづらいのか何度か手でこすってからようやくうっすらと開いた目を彼女へと向ける。彼は、あれ、と小さく呟いた後、不意に目を見開き大声をあげて飛び起きた。
「……お、おはよう……」
 勢いに気圧されておずおずと挨拶してみると、顔を赤くして口元を覆いながら、何で、と彼が叫ぶ。
「ええと、お見舞いに……」
「だったら起こせ……!」
「いや、それは悪いかなあって」
 彼女がそう言ったら、そのまま見てる方が悪い、と溜め息混じりに呟きうつむいた。また眸が。よく見えなくなってしまう。
 やがて彼がふと顔をあげた。ついと眸を彼女へと向けて、ゆっくりと唇を開く。
「……ありがとう」
 相変わらずワンテンポ遅れているけれど、いちいちお礼を言うのは躾が行き届いているのかなあ、あ、芸能界は挨拶が大事って言うからそのせい、とか何とか考えていたら、やっぱりまたワンテンポ遅れてそっと微笑まれた。構えてたつもりなのに頬が熱くなり、今度はそれを禁じる術も誤魔化す術もなくまつりは唯黙りこんだ。
「……どうかした?」
 至って真面目にそう問いかけられて、よくもまあ人のことを鈍いとか言えるものだ、とやや理不尽な怒りに震えつつ、大丈夫、どういたしまして、と返す。
「どうもこうもないだろうけど、具合、どう?」
「まあまあ。でもせっかく黙っててくれたのに」
 カッコ悪い、と小さく吐き出すように呟いた。
「ちゃんと北原の言う通りにすれば良かったのかな。……結局迷惑かけてるんだから」
 独り言のように言われた台詞をまつりは拾い、息を吸い込んでから裕真を見る。つまり人生はむつかしいんだ。何かを、誰かを好きになればその分だけ。
(誰かを?)
 胸の内の自問自答には答えが出ないままにまつりは口を開いた。
「わたしがあの時松川さんに言わなかったのは、もしわたしが裕真くんだったら、って考えたからなんだ」
「――俺だった、ら?」
「無理しててもギリギリ行けそうな気がしてたら、たぶんわたしも行くってこと。だからさ、わたしも同じ。それでちょっと躊躇っちゃってちゃんと言えなかったの、ごめんね」
「――北原は」
 悪くない――やっぱり少しかすれ気味の囁きは裕真がまだ本調子でない事を示していて、まつりは胸が痛くなるのを感じた。もっと。もっと、何かしてあげられたら。
「あ、お見舞い……! 急いでたから手ぶらで来ちゃった……ごめん」
「――要らない」
 淡白に言葉を切って裕真が言う。拒絶に見えるその台詞はだが微かに熱を帯びていて、それが唯の拒絶ではないことを示していた。
「……来てくれただけで、その……」
 そこまで言ってから、ああ、やっぱり無理、と呟くと裕真はまつりから視線をそらした。そして暫く間をとってから、深呼吸をして、もう一度顔をあげる。やわやわと淡く霞みがかった不思議な表情をしながら、裕真は手を伸ばした。
(……え?)
 それにあわせてびっくりするくらい端正な顔がゆっくりとまつりに近づき、細くて骨ばった長い指がまつりの左耳の上に向かい――ピンに触れる。
 それから不意に離れた。
「な、な、何……?」
「曲がってた。……鳥が」
 そこまで言ってから、
「――あ」
と、不意に口元を覆った。