日常はループする。とある一点に限って言えば。
藤野裕真にとってそのループすることは、学校生活だった。無論一週間に区切られた中ではあるものの毎日時間割は変化するし、自分は不規則に遅刻早退欠席を繰り返しているから厳密には繰り返しているとは言い難い。だが実際問題として、同じ心持で同じように過ごしているが故に、そのような変化は瑣末なものに感じられてしまうのだった。
(――今日もまた)
いつもいつも。今日も。同じ制服を着て、同じ道をゆき、同じ気持ちで授業を受ける。これをループと呼ばずして何をそう呼ぶ。
今日はきちんと普通の始業から行くけれど、多分昼休みまでが精一杯だ。それを不如意だとはもう思ってはいない。仕方のないこと、止むを得ないこと、である。
「……」
見失いそうな目的を沈め裕真は身支度を整えると眼鏡をかけた。
「行ってきます」
「あ、待って、お兄ちゃん、唯も一緒に行く!」
家族にそう声をかけたところ、妹の唯が慌てて椅子から立ち上がった。先刻多少余計な時間を使ったせいか、時計は今直ぐに家を出ろと彼に告げている。ちらりと視線を唯に戻したところ、彼女は急いでランドセルにハンカチを放り込んでいた。その様子を見て――否、見ても見なくても結論は同じだ――裕真は、別れてから急げばいいと決めて、妹に、待ってるからそんなに慌てなくてもいい、と伝えた。
「うん! でもできた!」
とびきりの笑顔で唯がそう答える。そのまま彼女は彼の手を引いてきて、二人は玄関へと急いだ。
「唯も行ってきまーす!」
元気良く叫ばれた台詞が青い空に吸い込まれてゆく。
三つ目の角を曲がったところで、裕真は繋いでいた妹の手を離し、僅かに歪んだ髪のリボンを直してやりながら微笑んだ。
「――じゃあ」
「ありがと、うん、じゃあね!」
礼を言いつつ唯が手を振る。それに手を振り返して、彼は妹の姿が見えなくなるまで彼女を見送った。
そして腕時計に目を落として見れば、このまま急いで歩いたら間に合う位の時間で。裕真は表情を消すと早足で歩きだした。
――それにしても。
妹は何て楽しげに学校に通うのだろうか。彼と彼女のこの乖離は、彼が高校に入学してから、即ちここ一年とちょっとくらいで生じたものであり、つまりは割と最近始まったものなのだが、今となっては最早その差を埋めることは叶わない。それが厭だと言う訳ではない。寧ろ自ら望んだ結果だ。ただ――ときどき少し虚しくなるだけで。
小さく溜息をついて裕真はいつの間にか着いていた虹ヶ丘学園の校内に足を踏み入れた。 |